


市原彰一(仮名50代)会社員です。
妻と娘と私の母との4人暮らしです。

その日私が会社から帰宅すると、妻は出かけているのか家の中はがらんとしていました。
娘は、なんだかんだ会社が終わった後も友人や同僚との付き合いがあるとか言って帰宅が遅いのはいつも事。
しかし妻が家を開ける事、特に夕方以降に空ける事はまずないんです。
母に何かあったのか?・・・すぐに母の部屋に行ってみました。母は介護用ベットの上で『スースー』と規則的な寝息を立てていました。
私はひとまず安心して、近くのコンビニにでもいったのだろう、すぐ戻るだろうと思いながら待っていました。
食卓の上には食事の用意は整っており、皿には几帳面にラップが掛けてあって後はレンジでチンして温めればいいだけなのですが、いつもの習慣で私には電子レンジさえ自分で使うという意識が全く無く、30分位経過した時には空腹も手伝って妻に怒りさえ覚えました。
『要介護状態の母を放っておいてどこ行ってるんだ。しかも俺が帰って来るのも分かってるだろう。何やってんだよ。』って調子で全く失踪なんて言葉は頭に浮かびませんでした。
11時過ぎに娘が帰って来て『まだ、食べてないの?お父さんも少しは自分の事くらい自分ですればいいじゃん。』と言われながら娘が温め直してくれた食事を食べました。
娘はその間に妻の実家や心当たりに電話して妻の居所を確かめていましたがどこにもいないようでした。
妻の携帯も電源を切っているのか繋がりませんでした。私の心にもにわかに不安が広がり初めました。
それで、日付が変わった頃警察に届け出ました。

当時は期待して警察からの連絡を待っていましたが、全く情報は無く数日が過ぎました。
警察に届けたら、すぐに総力を挙げて探してくれると思っていたのですが・・・過度の期待をしていたと分かりました。
通常、特に大人の失踪の場合には、事件性や生命の危険が無い限り警察は積極的に動いてくれないんだと痛感しました。
妻の事は本当に心配ですし、母は寝たきり状態の<要介護3>ですので、娘や私の仕事にもしわ寄せが来て悲鳴を上げそうな状態でした。
それで家出人を捜してくれる所がないかと電話帳を見てた時に、こういうのを探偵社がやってくれるんだと初めて知ったんです。
私達にしてみれば探偵社なんて、海の物とも山の物とも想像がつきませんので、とりあえず大きい所が安心だと思いました。
そして電話帳で探し選んだのが日本データバンクでした。

最初は、探偵なんてTVや映画でのイメージしか無いので、警戒心いっぱいで行きました。
でも、以外にも普通の会社っぽくて、ソフトな雰囲気なので相談しやすかったです。
ひとしきり私達の話を興味ぶかく聞いて頂いた後、相談員の方が妻の日々の生活パターンや状況を事細かに質問されました。
その後私達の話を要約して、再度簡潔な言葉にして私達に確認されました。
そして最後に『介護はされる方よりする方の精神的なケアが大切です。奥様頑張っていらっしゃったんですね。』と言われました。
その時初めて妻が肉体的にも精神的にも過度な負担を強いられていたんだと娘も私も気付いたんです。

依頼して1週間もしないうちに妻は見つかりました。
県外の昔の同級生の家に行っていました。その人は父様亡き後、2年前お母様が他界されるまで、4年間介護なさったそうで、妻は以前から色々と相談したり愚痴を聞いてもらったりしてたようです。
情けない事に一番近くにいる家族である私も娘も、妻の辛さを理解してやれなかったどころか気付いてさえやれなかった、追い詰められて救いを求めたのが、家族である私たちではなく同級生とはいえ他人である人間だったんです。
しかも、妻にそういう友人がいる事さえ私達は知りませんでした。
発見直後、日本データバンクの方の計らいで、その同級生の方も含めてじっくりと話をしました。妻は関を切ったように今までの介護生活の苦しさを吐露しました。恥ずかしながら結婚以来こんなに妻の話をじっくり聞いたのは初めてでした。
次の日妻は1週間ぶりに家に帰って来ました。

娘も私も、自分の仕事を盾に妻の大変さや気苦労に無関心を決め込んでいました。
妻は我慢強い性格で、自ら家族に弱音を吐くような事も無かったですし。
依頼しなくても妻が家に戻って来たのか・・・どうなのか?は正直言って分かりません。
でも間違いなく言えるのは、あのまま数週間して妻が自然に帰って来ていたら娘も私も妻の苦しみを何も理解せず元と同じ生活を繰り返していたでしょう。
妻は、自分がいなくなって私達が探偵社まで使って探してくれた事に驚くとともにとても喜んでいました。
今回の事で無関心というのがいかに残酷な行為なのか身にしみました。関心を持たれるだけで人間はどれだけ勇気づけられるか。
今は娘も私も、できるだけ声を掛けるようになりました。手助けできるようになるにはまだまだ遠いですが・・・
家族みんなで頑張って行こうと思います。


